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出口の先にあるものは

明日は完全に一日中自分の時間は作れない事が確定している為、月曜日のこの時間に一人働くE-carsです。
今年の夏はイレギュラーな天候によりあまりに実感なく過ごし、そしてコロナ禍の2年目を同時に過ごした不思議な夏でした。
雨にたたられて真夏という感覚が無いお盆を過ごし、考えられないような降雨量に驚き、夏には減少すると思われたコロナも猛威を振るい繰り返される緊急事態宣言。
多くの人々にまん延する自重と感染拡大による自粛は本来の残された時間に対して大きなロスを生み出しているように感じてしまいます。
昨年は致し方なしと受け止める事が出来た人の集まりの自粛も、今年はすでにその意味すら持たなくなってしまっているのか分からない状況に陥っているのが現実のように感じます。
国民全員で本気で乗り切ろうと思い力を集めれば乗り切れるのか無理なのかを自分レベルでは何とも言えませんが、良いと思われる事をすべてする以外にこの状況を打破する事は難しいのではないか?経過する時間を大切に思うのであればこそ真剣に取り組んでいる方々の意見に注視して行動を起こす事も必要な事なのかとも思います。
その結果、このコロナ禍からの出口が見えてくるように思います。
最近は出口が見えたら何をするかを考えています。楽しい気持ちになる事を考えています。
既に出口が見えたら楽しもうと車を買ったりしている方もいたり、計画をしている方もいらっしゃいます。
僕は再びバイクに乗ろうと考えております。
10年以上前に仲間の一人だった方と共同で(と言っても私は乗れない)CB750Fを選択して以来のHONDAを再び入手しようと考えております。
性能がどうとかではなく、高校生の時に入手した感動を再び39年振りに味わえると信じての選択です。
ろくな計画ではないですがちょっぴり真剣に進めていこうと思います。周りからは今手持ちのバイクを乗らないで何故新しい一台を増やすのか?それは不動車を増やすだけと思われていますが違います。
こんな時だから、です。(笑)
大切に乗り続けているクルマには乗り手の想いや愛情が伝わり生きている機械になる様に思います。魂が宿るというとスピリチュアルな感じがしてしまいますが、そんな経験をした事は多々あります。
クルマでは置き去りにしてきた愛車のキャブレターがクルマから外れました。この調子でエンジンの整備まで進めば年内には走らせられるような予感もします。
クルマを扱わせていただく仕事をしながら、愛車が不動。これも宿命と受け止めながらやはり走らせたいという気持ちもあります。
楽しそうに愛車と佇む皆さんを見ながら今年最後に僕もやってやろうと思います。(笑)
まだまだ世の中は暗闇かも知れませんが、この場に立ち寄られた皆様は出口を見据えて悪だくみと楽しい計画を練ってくださいませ。
来月も宜しくお願い致します。
E-wayama

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2021年08月30日 22:04に投稿されたエントリーのページです。

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